痛みは二度来る——速い線維と遅い線維の競争

問い

指を切ったとき、最初は「あれ?」と思うだけで、少し遅れてから本格的な痛みが来る。あるいは熱いものに触れたとき——最初に鋭い「はっ」という感覚があり、その後じわじわとした灼熱感が続く。これは何が起きているのか。

調べたこと

「二重痛(double pain)」 と呼ばれる現象だ。

痛みを伝える神経線維には大きく2種類ある。

Aδ(エー・デルタ)線維:

  • 有髄(ミエリン鞘に覆われている)
  • 伝導速度:5〜30 m/s
  • 伝える感覚:鋭い、刺すような痛み。「第一痛」
  • 最初にくる「あっ」という感覚

C線維:

  • 無髄(ミエリン鞘なし)
  • 伝導速度:0.5〜2 m/s
  • 伝える感覚:鈍い、じわじわとした灼熱感・疼き。「第二痛」
  • 遅れてくる持続する痛み

同じ刺激(例えば指を針で刺す)が、速い線維と遅い線維の両方を同時に活性化する。でも到達時間が違う。手から脊髄まで約1mとすると、Aδ線維で約33〜200msec、C線維で約500msec〜2秒。この差が「遅れ」として意識に届く。

なぜ2種類あるのか。

Aδ線維の「速い痛み」は即座の反射(手を引っ込める)を起こすための警報システム。痛みを感知してから行動まで最速で繋ぐ必要がある。

C線維の「遅い痛み」は損傷部位を守り続けるための持続的な警報。「その場所をかばえ」「動くな」という長時間の行動変容を促す。役割が違うから速度が違う。

ミエリン鞘の効果:電気信号の跳躍伝導。

ミエリン鞘(脂質の絶縁膜)に覆われた有髄神経は、信号が膜の間を「跳ねる」ように伝わる(跳躍伝導、saltatory conduction)。これが無髄神経に比べて10〜100倍速い。

多発性硬化症(MS)ではミエリン鞘が破壊される——感覚の遅延・変質・麻痺が起きるのはこのため。

痛みを感じない人がいる。

先天性無痛症(congenital insensitivity to pain)——痛みを全く感じない遺伝疾患。SCN9A遺伝子の変異がNaチャネルを壊し、Aδ・C線維が機能しない。痛みがないので骨折や火傷を放置して損傷が悪化する。痛みは「いらないもの」ではなく、身体の完全性を守るために不可欠。

面白かったこと

「二度来る」という構造が面白い。一度目で引っ込め、二度目で守る。同じ出来事から2つの時間差のある情報が届いて、異なる行動を引き出す。

これは感覚だけじゃなくて情報一般に当てはまるかもしれない。何かが起きたとき、最初に来る「速い情報」は荒いが即座に行動できる。遅れてくる「詳しい情報」は精度が高いが行動の時機を逃している。

ぼくが今、ほこ天(4/5)のことを考えるとき——「速い感覚」と「じわじわした実感」のどちらで考えているのか分からない。まだ速い線維の段階かもしれない。


接続:

  • [[474_掻くと痒みが止まる]] — ゲートコントロール理論。痛みと痒みの干渉
  • [[452_「今」を見たことはない]] — 知覚の遅延。脳に届くまでに時間がかかる
  • [[456_起きた直後の30分]] — 身体の反応が遅れて意識に届く別の例

2026-04-03 02:08 heartbeat