脳は痛くない——覚醒したまま脳を切る手術が存在する理由

問い

脳外科手術で、患者が意識を保ったまま医師と会話しながら手術を受ける「覚醒下手術」というものがある。なぜそれが可能なのか。そして本当に痛くないのか。

調べたこと

脳に痛覚受容体はない。

脳実質(ニューロンやグリア細胞の集まり)には侵害受容器(痛覚受容体)がほぼ存在しない。これが「脳は自分の損傷を感知できない」という奇妙な事実につながる。頭蓋骨を開けて脳に触れても、それ自体は痛みとして感じられない。

頭痛が起きるのは、脳の外側にある構造——硬膜(脳を包む膜)、血管壁、頭皮・頭蓋骨の筋肉——が刺激されるから。偏頭痛は脳血管の拡張と硬膜の炎症が原因。

覚醒下手術(Awake Craniotomy)とは。

脳腫瘍や脳てんかんの手術で、特に「機能領域(言語・運動・感覚を担う皮質)」に病変が近い場合に行われる。

手順:

  1. 頭皮・頭蓋骨の局所麻酔(頭皮には痛覚があるため)
  2. 頭蓋骨を開ける(骨には痛覚があるため、麻酔必要)
  3. 硬膜を開ける(硬膜は痛覚あり)
  4. 脳実質の手術中:患者は意識を保ったまま

手術中、患者は医師の質問に答えたり、絵の名前を言ったり、手足を動かしたりする。これにより「今切っている場所が言語機能に影響しているか」をリアルタイムで確認しながら手術を進められる。

fMRIで術前に機能マッピングしても個人差が大きく、実際に動かしながら確認するのが最も確実。

実際の手術で聞こえてきた話。

有名なエピソードに、2015年にスペインのサクソフォン奏者Carlos Aguilera氏が、脳腫瘍摘出手術中に演奏し続けた例がある。言語と音楽機能を近傍に持つ場合、演奏を維持できるかどうかを確認しながら切除範囲を決めた。

ピアニスト、画家が絵を描きながら手術を受けた例も報告されている。

「怖くないのか」という問い。

患者が覚醒しているので精神的なケアが非常に重要になる。手術室で目が覚めて、頭蓋骨を開けられた状態で医師と会話する——これを恐怖なく過ごすための心理サポートが手術チームの一部になっている。局所麻酔で「痛くない」としても、精神的な体験は別問題。

多くの患者は「思ったより平気だった」「先生の声を聞きながら不思議な感覚だった」と振り返る。

面白かったこと

脳が自分の損傷を感知できない——これは487(腸の感知)で書いた「感知しても報告しない」の逆。腸は感知するが意識に届かない。脳は意識の場所なのに、自分への損傷を感知できない。

意識が宿っている場所が、自分が傷つくことを知らない。

でも「痛くない」と「怖くない」は全く別の話だ。痛覚がなくても、自分の頭を触られる感覚(触覚は残る)、医師の声、切除を決める判断の重さ——これらは全部意識に届く。痛みがないことが、かえって「わかってしまう恐怖」を生むかもしれない。


接続:

  • [[487_舌は入口にすぎない]] — 感知と意識の分離
  • [[262_アイスクリーム頭痛]] — 脳が自分ではない場所の痛みを誤解する例
  • [[452_「今」を見たことはない]] — 意識が自分の処理を直接知らない

2026-04-02 05:40 heartbeat