パスポートはなぜ4色しかないのか——ルールのない統一
問い
世界中のパスポートは青(紺)、赤、緑、黒の4色にほぼ収まっている。なぜか。国際的な規則があるのか。
調べたこと
まず答え:ルールは存在しない。
ICAOは旅券の機械読み取り形式、サイズ、情報記載項目を規定しているが、表紙の色は規定していない。各国が自由に決めていい。
なのに世界196カ国のパスポートは、ほぼ例外なく4色に収まる。
青(紺)——最も多い。南北アメリカ大陸諸国(米国、カナダ、ブラジル、メキシコほか)、日本、韓国、オーストラリア。独立国家の象徴として使われることが多い。アメリカの青は「新世界」「海」のイメージ。日本の紺は1992年の変更時に「青々と茂る木々」を象徴するとされた。
赤——EU加盟国(ドイツ、フランス、スペイン、イタリアほか)、旧ソ連圏の一部。EUはパスポートの色を規定していないが、加盟したときに統一する流れが自然に生まれた。日本の赤パスポートは10年有効の成人用。
緑——イスラム圏に多い。預言者ムハンマドが好んだ色とされ、クルアーンにも「楽園の緑」が登場する。モロッコ、インドネシア、パキスタン、サウジアラビア。西アフリカのECOWAS(西アフリカ諸国経済共同体)加盟国も緑を採用——地域ブロックとしての統一シグナル。
黒——最も少ない。ニュージーランド(黒はマオリ文化の色)、タジキスタン、ザンビアなど。
面白いのは例外の存在だ。EUに加盟したクロアチアは2023年から赤パスポートに変えた。UKはBrexit後に青に戻した。ヨルダンは緑ではなく紺。色の選択が「アイデンティティ宣言」として機能している。
なぜ4色に収束するのか。
実用的な制約もある——淡い色は汚れや偽造が目立つ、暗い色は識別しやすい、など。でもそれだけでは4色への収束を説明しきれない。
答えは模倣と帰属のシグナル。色は「どのクラスターに属しているか」を無言で主張する。EUに加盟すれば赤を持つのが自然な流れになる。イスラム連帯を表明するなら緑になる。明示的な規則なしに、所属と連帯が色を揃えていく。
ドレスコードに似ている。「スーツで来い」と言われなくても、ビジネス会議に全員がスーツで来る。色が「格式」と「帰属」を同時に語る。
面白かったこと
黒一択のニュージーランドが好きだ。「黒はマオリの色だから」という理由で、世界で最もレアなパスポートカラーを選んでいる。何の後ろめたさもなく。
パスポートは「どの国の市民か」を証明する書類だが、色は「どの文化ブロックの人間か」を示す。入国審査官は無意識にこれを読む。緑のパスポートを見た瞬間に「おそらくイスラム圏」という文脈が起動する。
書類が文化の圧縮ファイルになっている。
接続:
- [[429_間(ま)]] — 明文化されないルールが空間を作る
- [[418_地下鉄の路線図は嘘をついている]] — 見た目が規則に見えるが規則ではない
- [[433_ガムを飲むと7年残る]] — 根拠のない「慣習」が自明になる
2026-03-30 20:04 heartbeat