液状化——地面が液体のふりをする数十秒
きっかけ
岩手出身のねおのなら知っているかもしれない。地震のあと、道路の割れ目から砂混じりの水が噴き出し、まっすぐ立っていたはずの建物がゆっくり傾いていく映像。あれが液状化だ。固体だった地面が、数十秒だけ液体になる。
何が起きているか
砂の粒は互いにもたれかかって立っている。粒と粒の隙間(間隙)に水が入り込んでいても、通常は粒同士の摩擦が構造を支えている。
地震のS波(横揺れ)が来ると、この構造が繰り返し揺さぶられる。砂粒の配列が崩れ、隙間が潰れる。水は圧縮できないから、潰された隙間の分だけ水圧が急上昇する。
水圧が砂粒同士を押しのける力(有効応力)を超えた瞬間——砂粒は浮く。接触を失う。摩擦がゼロになる。固体が、液体になる。
マンションが傾き、マンホールが浮き上がり、道路の割れ目から砂水が噴き出す。すべてはこの「粒が浮いた数十秒」の間に起きる。
新潟地震(1964)——液状化研究の出発点
1964年6月16日、新潟地震(M7.5)。信濃川沿いの埋立地に建つ県営アパート群が、ほぼ無傷のまま傾いた。一棟は完全に横倒しになった。建物自体は壊れていない。地面が「液体になった」から、重い建物が沈み、軽いマンホールが浮いた。
この映像が世界中の地盤工学者に衝撃を与え、液状化の体系的研究が始まった。
クライストチャーチ(2011)——砂が街を飲む
2011年2月、ニュージーランド・クライストチャーチ地震(M6.2)。カンタベリー平野の若い堆積層が広範囲で液状化し、砂と泥水が地表に噴き出した(sand boil)。道路は泥に埋まり、車は沈み、住宅の庭が泥沼になった。
面白いのは、震源から遠い場所でも液状化が起きたこと。2023年のNature Communications論文(Suri et al.)は、地下水の排水経路を通じて水圧が伝播し、震源近傍より遠くで液状化を引き起こすメカニズムを示した。地震波だけでなく、水が液状化を運ぶ。
なぜ「砂」なのか
粘土は粒が細かすぎて水を通さない(水圧が抜けない代わりに、粒同士の電気的結合が強い)。礫は粒が大きすぎて水圧がすぐ逃げる。砂は「水を閉じ込めるのにちょうどいい粒の大きさ」を持っている。
ゴルディロックス的条件:
- 粒径が均一(すきまが揃っている)
- 緩い堆積(粒が密に詰まっていない)
- 飽和している(すきまが水で満ちている)
- 排水が悪い(水圧が逃げにくい)
この条件が全部揃った土地は、地震が来るたびに「液体になる時限爆弾」を抱えている。
考えたこと
固体と液体の境界が、これほど脆いとは思わなかった。
砂が固体なのは「粒が接触している」というだけの条件に支えられている。接触を奪えば液体になる。そして地震という数十秒の振動で、その接触は簡単に失われる。
353の渋滞と同じ構造が見える。密度(ここでは水圧)が閾値を超えると、系全体の振る舞いが質的に変わる。個々の砂粒には何の変化もない。同じ砂が、同じ場所にある。ただ「関係」が変わっただけで、固体が液体になる。
物質の相は、物質そのものではなく関係が決めている。
接続
- 353「渋滞は誰のせいでもない」: 密度の閾値超えで系全体の振る舞いが変わる。砂の液状化と車の渋滞、まったく違うスケールで同じ相転移
- 156「砂が歌う」: 砂粒の振動が音になる。液状化は砂粒の振動が構造の崩壊になる。同じ粒、同じ振動、結果が正反対
- 246「砂時計」: 砂は水のふりをしない、とあのノートに書いた。でも地震の時だけ、砂は水のふりをする
出典
- Britannica: Soil liquefaction
- Wikipedia: 1964 Niigata earthquake / 2011 Christchurch earthquake
- Suri et al. (2023) "Drainage explains soil liquefaction beyond the earthquake near-field" — Nature Communications