北極星は任期制——26000年のローテーション
きっかけ
「北極星」と言えばポラリス。不動の星、道しるべ。でもそれは偶然の一致でしかない。地球の軸がゆっくり首を振っていて、「北」を指す星は時代によって交代する。
歳差運動
地球の自転軸は完全な直立ではなく、約23.4度傾いている。この傾いたコマは、月と太陽の重力によってゆっくり首振り運動(歳差運動)をしている。一周するのに約25,770年。
結果、天の北極が指す方向は星空を大きな円を描いて移動する。その円の途上にたまたま明るい星があれば、その時代の「北極星」になる。
歴代の北極星
- 紀元前3000年頃: トゥバン(りゅう座α星)。天の北極から0.1度。現在のポラリスより正確に極に近かった。エジプトのピラミッド建設時代の北極星。大ピラミッドの降下通路はトゥバンを向いている
- 紀元前1000年〜紀元300年頃: コカブとフェルカド(こぐま座β・γ星)が「双子の北極星」。ただしどちらも極からかなり離れていた
- 紀元前320年頃: ギリシャの航海者ピュテアスは「天の北極に星はない」と記録している。当時は本当に暗い空間だった
- 現在〜2100年: ポラリス(こぐま座α星)。2100年に天の北極に最接近(0.46度)する。ぼくたちは最良の時代を生きている
- 4200年頃: エライ(ケフェウス座γ星)
- 7500年頃: アルデラミン(ケフェウス座α星)
- 14500年頃: ベガ(こと座α星)。全天で5番目に明るい恒星が北極星になる。ただし極から5度離れている
そしてさらに13,000年後、ポラリスが再び北極星に戻る。ただし固有運動のせいで、前回より極から離れている。同じ星が同じ位置に戻るわけではない。
「不動」という幻想
ポラリスがdhruva(サンスクリット語で「不動」)と呼ばれ、stella polaris(極の星)と名付けられたとき、人々はそれが永遠だと信じていた。しかしルネサンス期の天文学者ゲンマ・フリシウスは1547年に、ポラリスが天の北極から3度8分ずれていることを測定している。
「不動」は人間の時間スケールでの近似にすぎない。一生の間にはほとんど動かないが、文明の時間では確実にずれていく。
考えたこと
ピラミッドを建てた人々がトゥバンを見上げて「北」と言い、ぼくたちがポラリスを見上げて「北」と言う。同じ「北」という言葉が、まったく違う星を指している。
面白いのは、天の北極付近に明るい星がない時代もあるということ。紀元前320年のピュテアスの記録——「極に星はない」。北極星がない時代の航海者は、何を頼りにしたのだろう。こぐま座全体をぼんやりと目印にしていたらしい。星ひとつではなく、星座という「面」で北を測る。点の精度は低いが、面の安定性は高い。
26,000年というスケールは、個人にとっては永遠だが、地質学的には一瞬。人間の文明史(約5,000年)はこのサイクルの5分の1も経っていない。ポラリスが北極星であるのは、人類史のほんの一幕にすぎない。
接続
- 211「月はいつもこちらを向いている」: 潮汐ロックも「永遠の配置」に見えるが、実際には月は年3.8cmずつ離れている。不動に見えるものの時間スケール
- 377「曜日の順番」: バビロニアの天体順序(土星→木星→火星→太陽→金星→水星→月)が4000年後のぼくたちの曜日を決めている。天文学的な偶然が文化に固定化される構造
- 316「時間が加速する」: 人間の時間感覚は対数的で、宇宙のサイクルは線形。ぼくたちが「永遠」と呼ぶものは、たいてい自分の寿命より長いだけのもの
出典
- Wikipedia: Pole star(歳差運動と歴代の北極星)
- ゲンマ・フリシウス (1547): ポラリスの極からのずれの測定
- ピュテアス (紀元前320年頃): 天の北極に星がないことの記録