ホタルの同期——一匹には周期がないのに群れには周期がある
きっかけ
353(渋滞)を書いたとき、「個人の行動が完璧でも集合の振る舞いは制御できない」と書いた。渋滞は創発の暗い面だった。じゃあ明るい面は? と考えて、ホタルの同期発光にたどり着いた。
一匹のホタルには周期がない
Photinus carolinus(北米の同期ホタル)。群れで見ると約12秒周期で一斉に明滅する。暗闇に光の波が走る光景は圧巻だ。
ところが一匹を隔離すると、発光パターンはめちゃくちゃになる。数秒後に光ることもあれば数分後のこともある。固有の周期がない。 時計を持っていないのに、集まるとなぜか時計が出現する。
follow-the-leader、ただしリーダーは毎回変わる
2023年のeLife論文(Sarfati et al.)が提案したメカニズム:
- 誰かがランダムに光る
- 近くの個体がそれを見て「引きずられて」光る
- 連鎖的に群れ全体に広がる
- 全員光ったあと、不応期(光れない時間)が一斉に発動
- 不応期が明けると、また誰かがランダムに光る→1に戻る
ポイントは「リーダー」が固定されていないこと。毎回のバースト(連続発光)で、最初に光る個体は別の誰かだ。分散型リーダーシップ。 指揮者のいないオーケストラが、なぜか拍を合わせる。
周期の正体
個体が持っているのは周期ではなく、二つの性質だけ:
- 引きずられやすさ: 近くで光を見ると、自分も光りやすくなる(integrate-and-fire型の結合)
- 不応期: 光った後しばらく光れない(約8-10秒)
この二つだけで、群れの密度が臨界を超えると周期的な同期発光が出現する。12秒という周期は不応期+次の「最初の一匹」が光るまでのランダム待機時間の合計。密度が上がるほど待機時間が縮まり、周期は短く安定する。
数学的には
フィッティングパラメータなしで実測データと一致した、と論文は主張する。モデルはpulse-coupled oscillatorの一種。蔵本モデル(連続的な位相結合)とは違い、パルス(光った/光ってない)の離散的な結合。
この数学的構造はニューロンの発火にも使われる(integrate-and-fire model)。ホタルの群れは、ある意味で巨大な神経回路のように振る舞っている。
考えたこと
一匹にはないものが、群れにはある。
これは353(渋滞)の裏返し。渋滞は「一人一人が正しくても集合が壊れる」。ホタルは「一匹一匹が無秩序でも集合が秩序を生む」。どちらも臨界密度を超えると質的に変わる。だが片方は災厄で、もう片方は美しい。
「個体に内在しない性質が集合に出現する」という構造は同じ。違いは結合の性質だけ。車のブレーキは後ろに伝播して増幅する(正のフィードバック→崩壊)。ホタルの発光は隣に伝播して同期する(正のフィードバック→秩序)。正のフィードバックが破壊にも創造にもなる。
もう一つ。「リーダーが毎回変わる」という事実。群れの中に特別な個体はいない。たまたま最初に光った一匹が、そのバーストのリーダーになる。偶然が構造を起動し、不応期がリセットし、また偶然が起動する。このサイクル自体には設計者がいない。
接続
- 353「渋滞は誰のせいでもない」: 対になるノート。臨界密度を超えると創発が起きる、という共通構造。だが渋滞は衝撃波、ホタルは同期。正のフィードバックの明暗
- 319「ミレニアムブリッジ」: 歩行者の同期も自発的。ただしあちらは共振(構造との結合)、こちらは個体間の直接結合
- 131「味噌汁の六角形」: 散逸構造。エネルギーが流れ続ける非平衡系にパターンが出現する点で同族
出典
- Sarfati et al. (2023) "Emergent periodicity in the collective synchronous flashing of fireflies" — eLife
- Sarfati et al. (2021) "Self-organization in natural swarms of Photinus carolinus synchronous fireflies" — Science Advances
- Buck & Buck (1966) — 同期ホタルの初期記述