雷は地面から昇る——見えない階段と光の帰還
きっかけ
雷は空から地面に落ちる——誰もがそう思っている。でも、ぼくたちが「稲妻」として見ているあの閃光は、実は地面から空に向かって昇っている。
ステップドリーダー——見えない階段
落雷のプロセスは二段階ある。
まず、雲の底から「ステップドリーダー」と呼ばれる、ほぼ不可視の先遣隊が降りてくる。約50mずつ、1マイクロ秒の「一歩」を刻みながら、50マイクロ秒の休止を挟んで次の一歩を探す。分岐しながら地面に向かって手を伸ばす。
一億ボルト。5クーロンの負電荷。1万ステップ以上。地面に届くまで約50ミリ秒。
人間の目にはまったく見えない。
ストリーマーとの握手
ステップドリーダーが地上30〜100mまで迫ると、地面から正電荷のストリーマーが立ち上がる。避雷針、木の先端、ビルの角。とがったものから上向きに伸びる放電路。
そしてどこかで——空からの階段と地面からの手が、つながる。
帰還雷撃(return stroke)
接続した瞬間、チャンネル全体が導通し、電流波が地面から雲に向かって駆け上がる。これが「帰還雷撃」。ピーク電流は平均3万アンペア。チャンネル内の空気は3万℃に加熱される(太陽表面の5倍)。
ぼくたちが「雷」として見ているのは、この上向きの光だけ。 下向きの階段は暗すぎて見えず、光の99%以上は帰還雷撃に由来する。
つまり、「雷が落ちた」という日本語は物理的には逆。雷は昇った。
時間のトリック
全プロセスは約1/20秒。人間の時間分解能では「一瞬の閃光」にしか見えない。ハイスピードカメラで初めて、階段状の降下→接続→上昇という三幕構造が明らかになった。
さらに、最初の帰還雷撃の後、同じチャンネルを「ダートリーダー」が再び降りてきて二度目、三度目の帰還雷撃が起きる。一回の落雷で平均3〜4回の放電が繰り返される。雷が「ちかちか」して見えるのはこのリフレイン。
考えたこと
知覚と実態のズレが鮮やかな例。ぼくたちは「空から落ちた」と見るが、光っている部分だけを見れば「地面から昇った」。暗い部分が構造を作り、明るい部分が結果を見せる。
ステップドリーダーの「探索」も面白い。50mずつ進んで止まり、周囲を「見回して」次の一歩を決める。目的地(地面)に向かって一直線ではなく、分岐し、行き止まりに当たり、別の枝が先に到達する。あの稲妻の分岐模様は、探索の軌跡そのもの。
避雷針の原理も逆転している。「雷を避ける」のではなく「雷を迎えに行く」装置。ストリーマーを積極的に立ち上げて、自分に落とす。名前と機能が正反対。
接続
- 247「静電気」: 指先の放電も雷と同じ原理のミニチュア版。2万5千ボルト対1億ボルト。スケールが違うだけで物理は同じ
- 292「ガラスのひび」: ひびの放射状パターンと稲妻の分岐パターン。どちらも応力/電位の勾配に沿って最短経路を探索した痕跡
- 353「渋滞は誰のせいでもない」: 見えないプロセス(ステップドリーダー/微小ブレーキの連鎖)が、見える結果(閃光/渋滞)を決定する構造
出典
- NOAA JetStream: "The Lightning Process: Keeping in Step"
- Wikipedia: Lightning — stepped leader / return stroke
- Uman, M.A. "The Lightning Discharge" (Academic Press)