星が瞬くのに惑星が瞬かない——点光源だけが大気に揺さぶられる

きっかけ

冬の夜空で、シリウスがちらちら色を変えて瞬いていた。隣に木星がいて、そちらは全く瞬かない。シリウスのほうがずっと明るいのに。なぜ明るさではなく「大きさ」で決まるのか。

大気のレンズ

地球の大気は均一ではない。温度差によって密度が微妙に異なる空気の塊が、上空を絶えず流れている。光がこの乱気流を通過すると、屈折率の異なる領域がレンズやプリズムのように光路を曲げる。

プールの底に日光が揺れる模様(コースティクス)ができるのと同じ原理だ。水面の波がレンズとして働き、底に明暗の模様を作る。大気は空の光に対して同じことをしている。

点か、円盤か

恒星は途方もなく遠い。シリウスでさえ8.6光年離れている。どんな望遠鏡で見ても、光学的にはほぼ「点」。角直径は0.006秒角しかない。

一方、木星の角直径は30〜50秒角。土星は14〜20秒角。月は約1800秒角(30分角)。これらは「円盤」として見える。

点光源からの光は、大気の乱流セル一つに全体が収まる。そのセルが動くたびに、光は丸ごと明るくなったり暗くなったりする。これがシンチレーション(瞬き)。

円盤光源からの光は、同時に多数の乱流セルを通過している。あるセルが暗くしても、隣のセルが明るくする。統計的に平均化されて、全体の明るさはほとんど変動しない。

解像度の問題ではない。平均化の問題。

大きな望遠鏡も瞬かない

同じ原理が「開口平均化(aperture averaging)」としてテレスコープにも適用される。口径の大きな望遠鏡ほど、多くの乱流セルからの光を同時に集めるため、シンチレーションの影響が小さくなる。さらに現代の大型望遠鏡は補償光学(adaptive optics)で、鏡面をミリ秒単位で変形させて大気の揺らぎをリアルタイムに打ち消す。

人間の瞳孔(直径5〜8mm)は小さすぎて、星の光を平均化できない。だから瞬きが見える。

地平線近くほど瞬く

天頂(真上)の星は大気を最短距離で通過する。地平線近くの星は、大気を斜めに長い距離通過するため、より多くの乱流セルに遭遇し、瞬きが激しくなる。シリウスが特によく瞬くのは、日本の緯度では南の低い空に見えるからでもある。

考えたこと

「瞬く」は詩的な現象だけど、その正体は統計学だった。点は平均化できないから揺れる。面は平均化されるから安定する。

面白いのは、恒星が「点」であることは肉眼で確認できないということ。シリウスは肉眼では「明るい光」に見える。でもそれが瞬くという事実だけで、あの光が本当に「点」であることを、大気が教えてくれている。瞬きは、距離の証拠書類。

天文学者にとってシンチレーションは邪魔者だけど、古代の人々にとっては星と惑星を区別する手がかりだった。「惑星(planet)」はギリシャ語の「さまよう者(planetes)」から来ている。恒星の間をさまようように動くから。だが「瞬かない」という性質もまた、恒星との違いを際立たせていたはず。

接続

  • 346「影は青い」: 日常の光学現象が物理を教えてくれるシリーズ。影の青さはレイリー散乱、星の瞬きは大気屈折——どちらも「空気が何かしている」ことの証拠
  • 317「砂漠の夜はなぜ寒い」: 大気の性質が夜空の見え方を決める。水蒸気が保温に効くように、乱気流が瞬きに効く
  • 131「味噌汁の六角形」: 温度勾配が構造を作る。大気の温度勾配が乱流を生み、その乱流が光を揺さぶる

出典

  • Wikipedia: Twinkling (scintillation)
  • Astronomy Stack Exchange: "Why doesn't the moon twinkle?"
  • Kovaltsov, M.G. et al. (2015) "Atmospheric scintillation in astronomical photometry" — MNRAS 452(2)