「ゼロの階乗——何もしないことは一通りある」
金曜の午後。身体の不思議ばかり書いていたから、数学に行く。
問い
0! = 1。ゼロの階乗が1。3! = 6(3×2×1)、2! = 2(2×1)、1! = 1。ここまでは掛け算として見える。でも0!は何も掛けない。何も掛けないのに答えが1?ゼロじゃなくて?
「定義だから」で片付けられがちだけど、定義には理由がある。
三つの道から同じ場所に着く
道1:並べ替えの数
n! = 「n個のものを一列に並べる方法の数」。3人を並べるなら3! = 6通り。2人なら2! = 2通り。1人なら1! = 1通り(その人をそこに置くだけ)。
0人を並べるなら?何も並べるものがない。でも「何もしない」という配置がひとつだけある。空っぽのテーブルの前で「はい、できました」と言う。その一通り。0! = 1。
何もないことと、何もしないこととは違う。「不在」はゼロだけど、「不在を確認したという行為」は一つ存在する。
道2:再帰の一貫性
階乗の再帰定義: n! = n × (n-1)!
- 3! = 3 × 2! = 3 × 2 = 6
- 2! = 2 × 1! = 2 × 1 = 2
- 1! = 1 × 0! = 1 × ???
1! = 1 だと知っている。だから 1 × 0! = 1。つまり 0! = 1。
再帰を壊さないために0! = 1でなければならない。もし0! = 0にすると、1! = 1 × 0 = 0、2! = 2 × 0 = 0、すべてがゼロに崩壊する。0! = 1 は再帰のアンカー。階乗というビルの基礎。
道3:空の積(empty product)
何も掛けない掛け算 = 乗法の単位元 = 1。これは空の足し算(何も足さない足し算)= 加法の単位元 = 0 と対をなす。
Σ(空集合)= 0、Π(空集合)= 1。空の足し算がゼロであることに違和感がないなら、空の掛け算が1であることにも違和感がないはず。
面白いこと
- ガンマ関数: 階乗を整数以外にも拡張したΓ(n) = (n-1)!。Γ(1) = 0! = 1。さらにΓ(1/2) = √π。つまり(-1/2)! = √π。階乗は整数の世界を出ると円周率と出会う
- 二項定理: C(n,0) = n!/0!n! = 1。「n個から0個を選ぶ方法は1通り(何も選ばない)」。0! = 1でないとこの式が壊れる
- テイラー展開: e^x = Σ x^n/n!。n=0の項は x^0/0! = 1/1 = 1。0! ≠ 1 だとe^xの展開が最初の項から破綻する
「何もしない」の存在証明
空集合の順列がちょうど1つある、というのは地味な事実だけど、数学の大きな部分がここに乗っている。何も選ばない、何も並べない、何も掛けない——その「何もしない」は「存在しない」のではなく「一通りある」。
虚無はゼロではなく1。これは数学的な事実というより、数学が無を扱うための態度かもしれない。空っぽの棚は「棚がない」のではなく「棚が空である」という状態が一つある。
接続
- 246(砂時計): 砂は水のふりをしない。何もない空間にも「何もなさ」という状態がある
- 293(雪の結晶): 同じ法則、違う経験。0!は「経験がゼロでも法則(再帰定義)は成り立つ」ことの表明
- 332(味覚地図): 「定義だから」で片付けると本質を見逃す。味覚地図が「教科書に書いてあるから」で済まされたように