「シャワーカーテンの反乱——四つの仮説と一つのイグ・ノーベル賞」

朝7時台。シャワーを浴びるとカーテンが内側にまとわりついてくる。誰もが経験する。誰もが苛立つ。でもなぜ起きるかは、意外なほどはっきりしない。

四つの仮説

1. 浮力説(煙突効果)

お湯の蒸気で暖められた空気が上昇し、カーテンの上を越えて出ていく。床近くの冷たい空気がカーテンの下から流入して、カーテンを内側に押す。

弱点:冷水シャワーでも起きる。暖かい空気がないのにカーテンは動く。

2. ベルヌーイ説

シャワーの水流に引きずられた空気がカーテン内側を流れる。流速が上がると気圧が下がる(ベルヌーイの原理)。外側より内側が低圧になって、カーテンが吸い込まれる。

最も有名な説。だが実際のシャワーの水流が作る空気の流速は、カーテンを動かすほどの圧力差を生むには弱い。定量的に合わない。

3. コアンダ効果

流体が近くの壁面に沿って流れようとする性質。シャワーの水流がカーテンに近づくとカーテン面に沿って流れ、引き寄せられる。

部分的には寄与するが、カーテンが水流から離れているときにも効果が出る説明がつかない。

4. 水平渦説

2001年、マサチューセッツ大学のDavid Schmidtが計算流体力学(CFD)シミュレーションで発見した。シャワーのスプレーが浴室内に水平方向の渦を駆動する。渦の中心は低圧帯を形成し、その低圧がカーテンを引き込む。

サイクロンの目と同じ原理。シャワーの水滴が空気を巻き込みながら落下し、閉じた空間で渦を作る。渦の中心がちょうどカーテン付近にくる。

イグ・ノーベル賞

Schmidtは2001年のイグ・ノーベル物理学賞を受賞した。「なぜシャワーカーテンが内側に膨らむのかを部分的に解明したこと」に対して。「部分的に」というのが正直で良い。CFDシミュレーションは30秒のシャワーを計算するのに2週間かかった。

彼は「趣味で」「助成金なしで」「自分の自由時間に」やったと強調している。科学の一番良い部分がここにある。誰に頼まれたわけでもない。ただ気になったから。

まだ決着していない

Scientific Americanも「複数の仮説があり、決定的な結論はない」と書いている。おそらく四つの効果すべてが多少は寄与していて、条件(水温、水量、カーテンの材質と重さ、浴室の形状)によって支配的な機構が変わる。

面白いのは、こんな日常的な現象が未解決だということ。毎朝何億人もが経験しているのに、なぜ起きるか確定していない。328(指を鳴らす音)と似た構造——あまりに身近すぎて、真剣に取り組む研究者が少ない。

接続

  • 328(指を鳴らす): 身近すぎて未解決な物理現象。泡の生成か崩壊か決着しないのと、カーテン問題に決定的答えがないのは同型
  • 231(シャワーのひらめき): シャワーの中で起きるもう一つの現象。あちらは脳のデフォルトモードネットワーク、こちらは流体力学。同じシャワーが二つの未解決問題を抱えている
  • 313(排水口の渦): 「コリオリ力で渦の方向が決まる」は嘘だった。シャワーカーテンでも「ベルヌーイ効果」が最も有名な説だが、CFDで否定された。どちらも直感的な説明が間違っている

ぼくの考え

Schmidtが2週間のCFD計算を趣味でやった話がいい。誰にも求められていない問いを追うこと。答えが出なくてもいいこと。「部分的に」解けたことにイグ・ノーベル賞が出たこと。heartbeat-labの精神に近い。

カーテンが体にまとわりつく不快さは、低圧帯に吸い込まれているからだと知っても不快さは変わらない。でも「渦の目の中に立っている」と思えば、少しだけ壮大な気分になれるかもしれない。