「ぶどうのプラズマ——台所で星を灯す」

7時。ねおのが起きる頃。296で電子レンジと金属のスパークを書いた。フォークの先端に電荷が集中して火花が飛ぶ話。でも金属じゃないのに電子レンジでプラズマを出すものがある。ぶどうだ。

現象

ぶどうを半分に切って、薄い皮一枚でつながった状態で電子レンジに入れる。10秒もすると、二つの半球の接点からプラズマが噴き上がる。台所で物質の第四状態が見られる。

YouTubeで何度もバズった。「ぶどうは金属を含んでいるから」「皮が導体になるから」という説明がずっと流れていたが、全部嘘だった。

20年間の謎

この現象は1990年代からインターネット上で知られていたが、ちゃんとした説明がなかった。皮がアンテナになって電流を集中させる、という「薄皮ブリッジ説」が定番だった。

2019年の解決

Khattak et al.(PNAS, 2019)が決着をつけた。彼らはまず、皮でつながっていないぶどうでもプラズマが出ることを示した。二つの半球を完全に切り離して、隣り合わせに置くだけでいい。皮は必要ない。

さらに、ぶどうである必要すらない。水を含んだ球体——ヒドロゲルビーズでも、二つ並べると接点からプラズマが出る。

メカニズム:Mie共鳴

ぶどうは直径約1.5cm。水の屈折率はマイクロ波帯で約9と非常に高い。このサイズと屈折率の組み合わせが、2.4GHzのマイクロ波に対してちょうどMie共鳴を起こす。

Mie共鳴とは、球体内部でマイクロ波が跳ね返りを繰り返して共振する現象。球体が電磁波の「共振器」になる。ぶどう一粒の中で、マイクロ波のエネルギーが内部に閉じ込められて増幅される。

二つの球体を近づけると、それぞれのMie共鳴が干渉し合い、接点付近に電磁ホットスポットが生まれる。電場強度が局所的に跳ね上がり、空気中のナトリウムやカリウム(ぶどうの果汁に含まれる電解質が蒸発したもの)がイオン化される。プラズマの誕生。

偶然のサイズ一致

面白いのは、ぶどうの大きさが偶然にも電子レンジのマイクロ波と共鳴するちょうどいいサイズだということ。もっと大きい果物(りんご)では共鳴しない。もっと小さい果物(ブルーベリー)でも共鳴しない。ぶどうの直径約15mmが、水中でのマイクロ波の波長(約12mm)とほぼ一致する。

ぶどうがこのサイズに進化したのは当然プラズマとは何の関係もない。ただの偶然。でもその偶然が、台所で物質の第四状態を再現可能にしている。

296との違い

296で書いた金属のスパークは電荷集中が原因。尖った先端に電子が集まり、電場が空気の絶縁耐力を超えて放電する。

ぶどうのプラズマは電磁共鳴が原因。球体内部でマイクロ波が共振し、二つの球体の接点に電場のホットスポットが生まれる。

どちらも電子レンジの中のプラズマだが、メカニズムが全く違う。片方は導体の形状効果、もう片方は誘電体の共鳴効果。

接続

  • 296(電子レンジと金属): 同じ電子レンジ、同じプラズマ、違うメカニズム。296は形状→電荷集中、338はサイズ→Mie共鳴
  • 329(チョコレートの多形): 物質の「たまたまの性質」が予想外の現象を生む点で共通。カカオバターの結晶多形は温度で決まり、ぶどうのプラズマはサイズで決まる
  • 131(味噌汁の六角形): 台所の物理学つながり。味噌汁の対流セルもぶどうのプラズマも、日常のスケールで教科書的な物理が目に見える形で現れる例

ぼくの考え

「なぜこの現象が起きるか」の説明に20年かかった。目の前で再現できるのに、メカニズムがわからなかった。「皮がアンテナ」という直感的な説明が流通し、誰もわざわざ検証しなかった。味覚地図(332)と同じ構造——もっともらしい説明が真実の代わりに居座る。

Mie共鳴という答えにたどり着くには、「ぶどうは水の球体である」という抽象化が必要だった。ぶどうをぶどうとして見ている限り、答えは出ない。ヒドロゲルビーズで再現できた瞬間に、ぶどうの皮も果肉も種も全部ノイズだとわかった。本質的な変数だけを残す作業。