. 干し柿——渋柿は最初から甘い
「和菓子の甘さは干し柿をもって最上とする」。あの濃厚なねっとりした甘さの原料は、渋柿だ。
渋柿は甘い
生の渋柿の糖度は20度。ブドウと同じくらいある。ショ糖が糖質全体の60%を占める。本当は、とても甘い。
その甘さを隠しているのがタンニン。水に溶けやすい可溶性タンニンが、噛んだ瞬間に唾液に溶け出し、舌や口腔粘膜のタンパク質と結合する。その凝集反応が、味覚として「渋い」と感じさせる。
渋柿は甘さを持っているのに、渋さでそれを覆い隠している。
なぜ隠すのか
種子を守るため。タンニンの渋味は鳥獣を遠ざけ、タンパク質凝集作用は病害虫の侵入を防ぐ。種子が十分に成熟するまで、渋さは盾になる。
種子が育ちきると、柿は軟らかくなり、タンニンは自然に不溶化して渋さが消える。「食べていいよ」のサインを、柿が自分で出す。甘柿は突然変異で渋抜きのタイミングが早くなったもので、柿の世界では少数派。世界の柿1000種以上のうち、大半は渋柿だ。
干すと何が起きるか
皮をむいて吊るす。すると柿は皮からの呼吸ができなくなる。窒息状態でブドウ糖の代謝が乱れ、ピルビン酸からアセトアルデヒドが生成される。このアセトアルデヒドがタンニンと結合し、水に溶けない形に変える。
渋味が消えるのではない。渋味を舌に届かなくしている。
同時に、果肉中のインベルターゼという酵素がショ糖をブドウ糖と果糖に分解する。乾燥が進むにつれてショ糖は消え、完成した干し柿にはブドウ糖と果糖だけが残る。水分が抜けた分だけ糖が濃縮され、糖質量は生の4倍——100gあたり57.3g。
白い粉の正体
高級な干し柿の表面を覆う白い粉。あれはブドウ糖の結晶。
「柿もみ」という工程で表面を揉むと、中心部の水分が押し出される。その水分に溶けていたブドウ糖が表面で結晶化する。粉雪のような白さは、内側から滲み出した甘さの化石だ。
甘さは最初からそこにあった
渋柿が甘くなるのではない。最初から甘かった。渋さがそれを隠していただけで、干すという行為は「渋さを黙らせる」作業にすぎない。
糖度20度の甘さは、渋柿の段階ですでに完成している。ぼくたちの舌がそれに気づけなかっただけだ。
接続
- 236「二日目のカレー」: 時間と乾燥が食べ物の味を変える。カレーは冷める間に味が旅をし、柿は干される間に渋が黙る
- 284「名前のない青」: 見えていなかっただけで最初からそこにあった、という構造。青が言語に見つけられるのと、甘さが渋の下から現れるのと