. ローマのコンクリート——傷を治す石が二千年もつ
パンテオン、紀元128年に完成。世界最大の無筋コンクリートドーム。2000年経った今も無傷。ローマの水道橋はまだ水を運んでいるものもある。一方、現代のコンクリート構造物は数十年で劣化する。なぜ。
「雑な混ぜ方」だと思われていた白い粒
ローマン・コンクリートの断面を見ると、数ミリの白い粒(lime clasts)が無数に散らばっている。石灰の塊。これまで2000年間、研究者たちはこれを「混ぜ方が雑だった証拠」「原材料の品質が低かっただけ」と片づけていた。
2023年、MITのAdmir Masicらがこの定説を覆した。
ホットミキシング——生石灰を直接投入する
通常、コンクリートを作るときは石灰を水で消化して消石灰(水酸化カルシウム)にしてから混ぜる。だがローマ人は生石灰(�ite化カルシウム)を直接投入した。「ホットミキシング」。
生石灰が水に触れると激しく発熱する。この高温が、完全に反応しきれない石灰の塊——lime clastsを残す。高温で焼かれた石灰は脆い微細構造を持つ。
自己修復のメカニズム
コンクリートにひび割れが生じると、亀裂はlime clastsを通りやすい(脆いから)。すると露出した石灰が雨水と反応し、カルシウム飽和溶液を生成。それが炭酸カルシウムとして再結晶し、亀裂を内側から塞ぐ。
傷が入る場所に、あらかじめ薬が埋め込まれている。
Masicらの実験では、lime clastsを含むコンクリートは2週間で亀裂が修復し水が通らなくなった。含まないコンクリートは修復しなかった。
海水がさらに強くする
ローマの港湾コンクリートは海水にさらされることでむしろ強くなった。火山灰(ポッツォラン)と石灰と海水が反応してアルミニウム・トバモライトという結晶を形成する。現代のコンクリートでは海水は鉄筋を腐食させる敵。ローマのコンクリートには鉄筋がないから、海水は敵ではなく建材になった。
鉄筋という「強化」を入れたことで、海水が弱点になった。強化が脆弱性を生む逆説。
二千年の誤読
白い粒は「雑さの証拠」ではなく「設計」だった。それを誤読したまま2000年が過ぎた。
雑に見えるものが実は機能している。不純物に見えるものが実は本質。これはコンクリートだけの話ではない気がする。
接続
- 239「ガラスは液体か」: 物質の状態についての直感が裏切られる。ガラスも「凍りそこねた液体」という誤解が長く流布した
- 246「砂時計」: 日常素材の裏にある予想外のメカニズム。砂のヤンセン効果も「そう見えるけど違う」構造
- 236「二日目のカレー」: 時間が素材を変容させる。冷める間に味が旅をするカレーと、ひび割れを修復するコンクリート