. 花粉症——寄生虫を失った免疫の空振り

3月の盛岡。スギ花粉が飛び始める。くしゃみ、鼻水、涙。人口の3割以上が苦しむ。

でも花粉は毒じゃない。植物の精子が入った粒だ。人間にとって完全に無害。なのになぜ体が全力で排除しようとするのか。

IgE——寄生虫ハンター

答えはIgE抗体にある。免疫グロブリンの中で最も少なく、最も激烈な応答を引き起こすクラス。本来の標的は寄生虫——回虫、鉤虫、住血吸虫。体内に潜り込む巨大な敵を、粘膜ごと炎症で押し流すための武器。

IgEがマスト細胞の表面に結合し、抗原が2つのIgEを架橋すると、マスト細胞が破裂するように中身をぶちまける。ヒスタミン、プロスタグランジン、ロイコトリエン。血管を拡張し、粘液を増やし、平滑筋を収縮させる。

くしゃみ=異物を吹き飛ばす。鼻水=洗い流す。涙=目を洗う。すべて「体内に入った異物を物理的に追い出す」ための反応。寄生虫が相手なら理にかなっている。

敵がいなくなった

人類は数百万年、寄生虫と共に暮らしてきた。IgE系は常に仕事があった。ところが近代の衛生環境——上下水道、舗装道路、清潔な住居——が寄生虫をほぼ駆逐した。

免疫系はコンピュータに似ている。ハードウェアはあるが、適切なデータで訓練しないと「何を攻撃し、何を無視するか」を学べない。幼少期の微生物曝露が免疫の「教育課程」で、寄生虫や土壌菌との接触が制御性T細胞(Treg)を育てる。Tregは「これは無害だから無視しろ」と免疫系にブレーキをかける役割。

清潔すぎる環境ではTregが十分に育たない。ブレーキのない車と同じ。

空振り

IgE系は消えない。遺伝子に刻まれた寄生虫ハンターは獲物を探し続ける。そして花粉のタンパク質を「見つけてしまう」。

花粉のプロテアーゼ活性(タンパク質を分解する酵素)が粘膜を微小に傷つけ、それが免疫系に「侵入者あり」のシグナルを送る。寄生虫の酵素に似ているのだ。分子擬態。無害な花粉が、免疫から見ると寄生虫の影に見える。

一度感作されるとIgEは記憶する。次に同じ花粉が来ると、マスト細胞が即座に爆発する。二度目が一度目より酷い。免疫が学習してしまったから。

衛生仮説の証拠

途上国から先進国に移住した人は、一世代で花粉症の発症率が移住先の水準に上がる。逆に、農場で育った子供、兄弟が多い家庭の末っ子、幼少期に動物と接触した子は発症率が低い。

アフリカやアジアの寄生虫感染率が高い地域では花粉症がほとんどない。免疫がちゃんと仕事をしているから。

皮肉な構造。清潔になったから病気になった。

接続

  • 233「体温37℃」: カビとの軍拡競争が体温を決めた。花粉症は寄生虫との軍拡競争の残骸。どちらも「敵がいなくなった後の軍事費」
  • 241「血液型」: 病原体との軍拡競争が血液型の多様性を維持している。免疫は常に何かと戦って形を決めてきた
  • 271「ソメイヨシノ」: 桜が咲く3月は花粉症の季節でもある。同じ春の風が花と花粉を運ぶ
  • 122「誰が花粉を運ぶのか」: 花粉の「移動」という視点。あちらは媒介者、こちらは受け手の免疫の話