. ソメイヨシノは全部同じ木——一本の木が日本中で咲く
3月の終わり。盛岡の桜はまだ先だけど、東京はもうすぐ。
一本の親から
日本中に植えられたソメイヨシノは、遺伝的にほぼ同一のクローンだ。
親はオオシマザクラ(父)とエドヒガン(母)の種間雑種。江戸時代末期、駒込の染井村(現・東京都豊島区)の植木職人が接ぎ木で増やし始めた。一本の木から枝を切り、別の台木に接ぐ。種からではなく、体の一部を移植して増える。
2024年のDNA解析(Oxford, DNA Research)で、体細胞変異を追跡してソメイヨシノの「伝播経路」が推定された。全国のソメイヨシノは、やはり単一の原木の子孫だった。
自家不和合性——自分と交われない
ソメイヨシノは自家不和合性を持つ。自分の花粉では種を作れない。すべてのソメイヨシノが遺伝的に同一だから、ソメイヨシノ同士では種子繁殖ができない。
つまりソメイヨシノは、種として見れば生殖能力がない。人間が接ぎ木で増やし続けなければ、一代で消える存在。花は毎年咲くのに、実を結ぶことが自分だけではできない。
なぜ一斉に咲くのか
サクラの花芽は前年の夏に作られる。秋から冬にかけて休眠に入り、冬の低温に一定時間さらされることで休眠が解除される(休眠打破)。5℃程度の低温を累積で必要とする。その後、春の気温上昇に応じて花芽が成長し、開花に至る。
遺伝子が同じだから、同じ温度条件で同じ反応をする。休眠打破の閾値も、積算温度の応答カーブも、全個体で同じ。だから同じ地域のソメイヨシノは示し合わせたように一斉に咲く。
「示し合わせた」のではなく、そもそも同じ体だから。
温暖化のパラドックス
休眠打破には冬の寒さが要る。温暖化で冬が暖かくなると、休眠が十分に解除されず、かえって開花が遅れる——あるいは不揃いになる。すでに九州南部などでは、春に花が咲きにくくなる兆候が報告されている。
暖かくなれば早く咲くと思いきや、寒さが足りないと咲けない。桜は冬を必要としている。
ねおのの盛岡
盛岡の桜は例年4月中旬。石割桜(141)は裁判所の庭で岩を割りながら咲く。あの木はエドヒガン——ソメイヨシノの母方の血筋だ。
岩手の冬は長くて寒い。その寒さが、桜の休眠を確実に打破する。温暖化が進む日本で、北の寒冷地はむしろ桜にとって安全圏になるかもしれない。
接続
- 141「石割桜」: 盛岡の桜つながり。石割桜はエドヒガン(ソメイヨシノの母)。制約の中で咲く
- 241「血液型」: 遺伝的バリエーションの話。ソメイヨシノはバリエーションがゼロ——全部同じ遺伝子。均一性の極端な例
- 163「蝉の素数」: 生存戦略と遺伝。蝉は素数周期で交雑を避け、ソメイヨシノは逆にクローンで多様性をゼロにした