. 濡れると暗くなる——水が光を閉じ込める

雨に濡れたコンクリート。汗染みのTシャツ。砂浜の波打ち際。濡れた部分だけ、色が一段暗い。

水は透明なのに

水そのものはほぼ無色透明。なのに水がかかると暗くなる。矛盾に見えるけれど、水は色を変えているのではなく、光の帰り道を塞いでいる

全内部反射という罠

乾いたコンクリートに光が当たると、表面の微細な凹凸があらゆる方向に光を散乱させる(拡散反射)。その光が目に届くから「明るい灰色」に見える。

水の薄膜がその上を覆うと、事情が変わる。

コンクリートで散乱した光が水の膜に入り、水面(水→空気の境界)に到達する。ここで屈折率の差が効いてくる。水の屈折率は1.33、空気は1.0。光が高い屈折率の媒質から低い屈折率の媒質に出ようとすると、角度が浅い(水平に近い)光は境界面を透過できず、全部反射されてしまう。これが全内部反射。

臨界角は約48.6°。つまり水面に対して48.6°より浅い角度で当たる光は、全部コンクリートに送り返される。

送り返された光は再びコンクリートに当たり、一部が吸収される。そしてまた散乱して水面に向かい、また反射され……。光が水の膜とコンクリートの間で何度もバウンドするうちに、吸収が積み重なって弱まっていく。

水は光を吸収していない。光を閉じ込めて、素材自体に吸収させている。 透明な牢獄。

プールの底から見上げると

同じ原理がプールでも見える。水中から水面を見上げると、真上は透けて空が見えるが、横を見ると水面が鏡のように光っている。あの鏡が全内部反射。スノーケルの「水面の鏡」も同じもの。

水面下から見た世界は、約97°の円錐(スネルの窓)の中にだけ外の景色が圧縮されて映り、その外は反射の鏡。

なぜ白いものほど目立つのか

元の表面が明るいほど「光を多く散乱する=たくさんの光子が水膜で捕まる」ので、暗くなる変化量が大きい。もともと黒い素材は散乱する光が少ないから、濡れてもそれほど変わらない。白いTシャツの汗染みが恥ずかしいのは、全内部反射の効率が白い布ほど高いから。

接続

  • 242「海が青い理由」: 水の色の話。海は水分子自体が赤を吸収して青く見える。濡れた地面は水の色ではなく、光の経路の話。同じ「水と光」でもメカニズムが全く違う
  • 184「モルフォ蝶」: 色素なしに色を作る構造色。こちらは水の膜が「色なしに暗さを作る」構造。どちらも物質の色ではなく光の振る舞いが見た目を決めている
  • 243「虹」: 水滴の中での屈折・反射が虹を作る。濡れた地面では水の膜の中で同じ光学現象が起きているが、結果は色ではなく暗さ