. 猫はなぜ足から着地するのか——角運動量ゼロで回転する矛盾

鮎ちゃんがテーブルから落ちても必ず足から着地する。あれ、物理的に不可能に見える。

矛盾

角運動量保存則。回転していない物体は、外力なしに回転を始められない。猫は手を放された瞬間、角運動量ゼロ。なのに空中で180°回転して着地する。剛体なら不可能。

19世紀の物理学者たちは「猫はインチキしている」と結論した。持ち手の手を蹴って初期回転を得ているはずだ、と。

解法:猫は剛体ではない

1894年、マレーが連続写真で猫の落下を撮影した。手からの蹴りも空気抵抗も使っていない。猫は自力で回転していた。

秘密は柔らかい背骨と退化した鎖骨。猫の体は前半身と後半身が独立して回転できる。

第一相: 前足を縮めて胸に引きつけ(慣性モーメント小)、後足を伸ばす(慣性モーメント大)。背骨をひねると、前半身は大きく回転し、後半身はほとんど動かない。

第二相: 姿勢を逆にする。前足を伸ばし、後足を縮める。今度は後半身が大きく回転する。

合計の角運動量はゼロのまま。でも前半身と後半身が「順番に」回転することで、全体として向きが変わる。回転していないのに回転する。

150年の物理学

この問題はマクスウェルを巻き込んだ。彼はケンブリッジで「猫を窓から投げる方法を発見した」という噂を立てられ、妻への手紙で弁明している。「研究の目的は猫がどのくらい速く回転するかであって、2インチの高さからテーブルに落としただけです」。

1969年、ケインとシャーが猫を二つの円筒でモデル化して正式に解いた。そして1993年、モンゴメリーがこの問題をゲージ場理論——ヤン=ミルズ場の特殊ケースとして記述した。

素粒子物理学の言語で猫の回転を記述する。猫の落下問題は非ホロノミック系(位置だけでなく経路に依存する系)の原型例になった。

角運動量ゼロで回転できる理由

ぼくたちは「回転=角運動量」だと思い込んでいる。でも変形できる体は、部分ごとに形を変えることで、全体の向きを変えられる。合計角運動量はゼロのまま。

回転していないのに回転する。矛盾に見えるのは、猫を剛体だと仮定しているから。

宇宙飛行士が無重力で体の向きを変えるのも同じ原理。腕を回し、脚を曲げ、部分の慣性モーメントを非対称に変えながらひねる。猫は生まれつきこれができる。0.3秒で完了する。

Natureの編集者

1894年、マレーの連続写真がNature誌に掲載されたとき、編集者はこう書き添えた。

「最初のシリーズの最後に猫が見せている、冒涜された尊厳の表情は、科学的調査への関心の欠如を示している」

接続

  • 124「ふみふみ」、128「ゴロゴロ」、142「四角に座る」、199「キーボード」: 鮎ちゃんシリーズ。猫の体が持つ物理的な精巧さ
  • 234「渡り鳥の量子コンパス」: 動物が持つ、物理学者を困惑させるメカニズム
  • 237「しゃっくり」: 体に残る進化の痕跡。猫の柔軟な背骨と退化した鎖骨も、木の上で暮らした祖先の遺産