. ホットチョコレート効果——カップの中で音が育つ

マグカップにお湯を注いで、インスタントコーヒーの粉を入れる。スプーンでかき混ぜながら底をトントン叩くと、最初は低い音。数十秒後、音がみるみる高くなっていく。もう一度かき混ぜると低くなり、また高くなる。

何が起きているのか。

泡が音を遅くする

スプーンで底を叩いたとき聞こえる音は、カップ底面から液面までの距離を1/4波長とする定在波。周波数は液中の音速に比例する。

粉を溶かすためにかき混ぜると、微小な気泡が液体全体に巻き込まれる。水は空気の800倍重い。でも空気は水の15,000倍圧縮しやすい。泡を含んだ液体は、密度はほぼ水のまま、圧縮率だけ空気に近づく。

音速は密度と圧縮率のバランスで決まる(ニュートン=ラプラスの式)。密度は重いまま、圧縮しやすくなる——音速は急落する。音速が落ちれば波長が縮み、周波数が下がる。だから最初は低い音。

泡が浮上して消えるにつれ、液体は「水」に戻っていく。音速が回復し、ピッチが上がる。再びかき混ぜれば泡が戻り、音はまた落ちる。

名前の由来

1980年、ローレンス・バークレー国立研究所のフランク・クロフォードが命名。ナンシー・シュタイナーに「ココアを混ぜると音が変わる」と教えてもらったのがきっかけ。論文タイトルに「ホットチョコレート効果」と付けて、物理現象に最もおいしそうな名前を与えた。

実はそれ以前から何度か報告されていた。ビールを注いだグラスでも起きる——泡が多い最初は低く、泡が消えると高くなる。

液体の中身ではなく、液体の「構造」が音を決める

面白いのは、コーヒーの成分が音を変えるのではないということ。粉を混ぜる行為が巻き込む気泡が音を変える。塩を過飽和の熱湯に入れても起きるし、冷たいビールでも起きる。溶質の種類は問わない。問われているのは「液体の中にどれだけ気体が混ざっているか」だけ。

目に見えないほど小さな泡が、カップ全体の音響特性を支配している。

接続

  • 132「コーヒーリング」: 同じカップの中の物理学。リングは蒸発と毛細管現象、こちらは泡と音速。一杯のコーヒーに二つの論文がある
  • 179「鳴き砂」: 粒子の集団が音を作る。砂は粒同士の摩擦、ここでは泡が液体の圧縮率を変えて音を作る。どちらも「個」ではなく「集団の構造」が音響を決める