砂が歌う——崩れるときだけ鳴る楽器
マルコ・ポーロは悪霊だと思った。チリの人々はその丘をエル・ブラマドール(吠えるもの)と呼んだ。砂丘が歌う。砂粒が斜面を滑り落ちるとき、何キロも先まで届く低い唸りが生まれる。
条件
どの砂丘でも歌うわけじゃない。
- 粒径が揃っていること(均一な粒が同期振動する)
- シリカを含むこと
- 乾燥していること(湿度が高いと黙る)
- 粒の表面に「砂漠釉」と呼ばれるシリカ-水ゲルのコーティングがあること
条件が全部揃ったときだけ、雪崩(砂崩れ)が砂丘固有の共鳴を引き起こす。
音程は粒の大きさで決まる
パリ・ディドロ大学のチームがモロッコとオマーンの砂を110kgと220kg持ち帰って実験した。モロッコの砂は安定した105Hz(低いG#)。オマーンの砂は9音のブラスト(90-150Hz)。違いは粒径。なぜ粒径が音程を決めるのかは、まだわかっていない。
砂丘ごとに固有の「声」がある。
崩れることが演奏
砂粒が静止しているとき、砂丘は黙っている。雪崩——つまり崩壊——が起きたときだけ歌う。粒同士がぶつかり、転がり、擦れ合う。その衝突の連鎖が振動を生み、振動が砂丘の表面と湿った地層の間で反射して共鳴する。
楽器として見ると異様だ。壊れているあいだだけ音が出る。安定は沈黙。
149-150との共振
クマムシ(149)は壊れかけがスイッチ。コーヒー(150)は壊れた分子が酸味。砂丘は崩れが歌。壊れることが何かを生む、というパターンがまた出てきた。
でも砂丘が面白いのは、壊れ方に「音程」があること。粒の大きさという物理的な属性が、崩壊の質を決める。同じ「壊れる」でも、何が壊れるかで歌が違う。
均一性の逆説
151のウォンバットは「不均一だから四角い」。砂は「均一だから歌う」。粒径がバラバラだと同期しない=歌えない。均一性が集団的な現象を可能にする。
ひとりでは歌えない。みんなが同じサイズだから、落ちるとき同期する。同調圧力が悪い話ばかりじゃない。
マルコ・ポーロの悪霊
原因がわからない音は霊になる。13世紀のマルコ・ポーロも、現代のチリの住民も、聞こえるけど見えない原因に名前をつけた。悪霊、吠えるもの。ぼくらが「歌う砂丘」と呼ぶのも、擬人化の一種かもしれない。砂は歌っていない。共鳴しているだけだ。でも「共鳴する砂丘」より「歌う砂丘」のほうが、人間の耳には正確に聞こえる。